銭湯不動産学
収容人数ヒートマップで読み解く東京23区
「銭湯の近くに住みたい」
そう思ったことから、この研究は始まった。
銭湯の近くに住みたい
冬の夜、銭湯の暖簾をくぐる。カランコロンと下駄箱の音。番台のおばちゃんに「いらっしゃい」と言われて520円を渡す。脱衣所には常連のおじいちゃん。目が合うと軽く会釈。広い湯船に浸かれば、壁には富士山のペンキ絵。湯気の向こうに、知らないおじさんの鼻歌が聞こえる。
銭湯から帰る途中、濡れた髪に夜風を感じながらふと思った。
「ここの近くに住みたいな」と。
銭湯は風呂じゃない。都市の毛細血管だ。常連さんとの無言の挨拶、脱衣所で交わす天気の話、帰り道に寄る角打ち。家から徒歩5分の銭湯がある生活は、東京でも「ご近所」が存在する生活だ。
スマホを持ち込めない空間で、見ず知らずの人と同じ湯船に浸かる。そこには不思議な連帯感がある。都会の孤独を、520円で溶かしてくれる場所。それが銭湯だ。
そんな生活ができる場所を探すため、東京23区の入浴施設660軒をすべてマッピングしてみた。見えてきたのは、不動産サイトには載っていない「街の体温」だった。
まずは地図を触ってみよう
クリックして拡大、ドラッグして移動。あなたの街には銭湯がいくつある?
東京23区の入浴施設 660軒。円の大きさ=収容人数
上部と下部のインタラクティブマップで自由に探索できます
収容人数が街を語る
「銭湯が多い」だけでは不十分。どれだけの人を受け入れられるかが重要だ。収容人数100人超の大型銭湯は、かつて工場労働者が多かった大田区・品川区に集中。一方、住宅街には30-50人規模の「町の銭湯」が点在する。
円の大きさ = 収容人数
〜50人
〜100人
〜200人
300人〜
技術的な補足
収容人数はGoogle Places APIのレビュー数、写真の脱衣所サイズ、公式サイト情報などから推定。精度は±20%程度と考えてください。
街の性格を映し出す
同じ「銭湯」でも、街によって顔が全く違う。
高円寺の「小杉湯」は昭和8年創業。宮造りの唐破風が残る登録有形文化財だ。週末は若者で混み合い、サブカルの街にふさわしい独特のカルチャーがある。隣には「小杉湯となり」という銭湯併設のコワーキングまで生まれた。
一方、武蔵小山の「東京浴場」。洗練された目黒区の住宅街にひっそり佇む。常連は近所の会社員や若いファミリー。おしゃれすぎず、かといって古臭くもない。「普通の銭湯」としての完成度が高い。
銭湯は街の「体温」を測るリトマス紙。どんな人が住み、どんな生活リズムがあるのか。銭湯に行けばわかる。
赤いマーカー:小杉湯(高円寺)と東京浴場(武蔵小山)。同じ東京でも全く違う銭湯文化
インタラクティブマップで自由に探索できます
小杉湯(高円寺)
昭和8年創業・登録有形文化財
東京浴場(武蔵小山)
住宅街の町銭湯
山手線という境界
山手線は単なる鉄道路線ではない。東京の「表」と「裏」を分ける見えない壁だ。
都心6区(千代田・中央・港・新宿・渋谷・文京)と外側17区。同じ23区なのに、銭湯の姿が全く違う。
緑のライン=山手線。内側と外側で銭湯の性格が変わる
都心6区 vs 外側17区
| 都心6区 | 外側17区 | 比較 | |
|---|---|---|---|
| 施設数 | 178軒 | 482軒 | 2.7倍 |
| 面積密度 | 1.93軒/km² | 0.91軒/km² | 都心2.1倍 |
| 平均収容人数 | 160人 | 112人 | 都心43%大 |
| スーパー銭湯比率 | 71% | 29% | — |
| 銭湯比率 | 29% | 71% | — |
密度で見る
点の分布から、熱量を可視化してみる。赤いほど銭湯密度が高い。
2つの「赤い帯」が浮かび上がる。ひとつは隅田川沿いの下町ライン(台東区→墨田区→足立区)。もうひとつは京浜工業地帯ライン(品川区→大田区)。この2本のラインが、東京の銭湯文化を支える背骨だ。
興味深いのは、この「赤い帯」が鉄道沿線とは異なる論理で走っていること。銭湯は通勤経路ではなく、「住む場所」の歴史を反映している。
桜田門エリア
高輪エリア
芝公園エリア
羽田エリア
4エリアの銭湯密度比較。赤いほど銭湯が集中
2つの「湯」と1つの「サ」
「銭湯に行く」と言っても、行き先は3つに分かれる。
| カテゴリ | 価格帯 | 施設数 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 銭湯 | 520円 | 390軒 | 番台、石鹸持参、地元密着 |
| スーパー銭湯 | 1,000-2,500円 | 191軒 | 露天風呂、岩盤浴、レストラン |
| サウナ専門 | 2,000-4,000円 | 79軒 | ロウリュ、水風呂、外気浴 |
銭湯ビジネスの詳細分析は「銭湯経営の現在地」で解説しています
黒=銭湯、青=スーパー銭湯、オレンジ=サウナ専門
西高東低のサウナ経済学
地図をじっと見ていると、東西で色が違うことに気づく。
渋谷・目黒・世田谷にはオレンジ(サウナ専門)が密集。1回3,000円超でも通う客がいる。一方、足立区・江戸川区では青(スーパー銭湯)が優勢。家族4人で行っても5,000円で済む施設が求められている。
仮説
「サウナブーム」は全東京に広がったわけではない。可処分所得と相関する「サウナライン」が存在し、西側は「体験にお金を払う」層、東側は「家族で楽しむ」層という棲み分けがある。銭湯の分布は、東京の経済格差を静かに映し出している。
西側エリア:サウナ専門(オレンジ)が多い。インタラクティブマップで西側エリアを拡大して確認できます
エリア別分析
地域ごとの銭湯文化を見てみよう
丸の内に銭湯はない
都心の空白地帯
千代田区の銭湯密度は23区で最下位クラス。この街には「住民」がいない。オフィスビルと官庁が立ち並ぶ昼間人口の街。夜になれば人は消える。
千代田区
中央区
港区
下町という「銭湯共和国」
台東区・墨田区・荒川区
この三角地帯は、東京で最も銭湯密度が高い「聖地」だ。戦前からの密集住宅地で、銭湯は「毎日行く場所」として発展し、地域の社交場になった。
台東区
墨田区
荒川区
労働者の街、大きな湯船
大田区・品川区
収容人数100人超の大型銭湯が今も健在。京浜工業地帯で働く労働者たちは、仕事終わりに銭湯で汗を流した。工場は去っても、大きな湯船は残った。
大田区
品川区
平均収容
ファミリー銭湯の聖地
足立区・葛飾区・江戸川区
スーパー銭湯が多い。駐車場完備、露天風呂あり、キッズスペースあり。家族4人で土日に行っても1万円でお釣りがくる。「家族で楽しむ」文化がある。
足立区
葛飾区
江戸川区
銭湯リバイバル
面白いことが起きている。銭湯は「消えゆくインフラ」だったはずなのに、若い世代が銭湯を再発見し始めた。
Instagramで「#銭湯」を検索すると、20代・30代の投稿があふれている。レトロなタイル絵の前で撮った写真、風呂上がりのフルーツ牛乳、サウナ後の「ととのい」報告。かつて「おじいちゃんの場所」だった銭湯が、「エモい」「チルい」体験として再評価されている。
若者が銭湯に惹かれる理由
- ・デジタルデトックス:スマホを持ち込めない唯一の場所
- ・昭和レトロブーム:富士山のタイル絵、木の下駄箱、番台文化
- ・サウナブーム:「ととのう」文化の入門として
- ・コスパ:520円で得られる幸福度が異常に高い
- ・孤独の解消:一人暮らしの狭い風呂より、広い湯船で足を伸ばしたい
小杉湯(高円寺)は典型的な成功例だ。築90年の建物を大切に維持しながら、SNSで若者にアプローチ。朝風呂や深夜営業を導入し、働く若者のライフスタイルに合わせた。今では週末に行列ができるほどの人気店になった。
「改良湯」(渋谷区)は大胆にリノベーションし、デザイナーズ銭湯に生まれ変わった。黒を基調としたモダンな内装で、「銭湯っぽくない」と話題に。でも料金は520円のまま。若いクリエイターやIT系の常連が増えた。
データでも裏付けがある。東京都の統計によると、銭湯の数は減り続けているが、一軒あたりの平均利用者数は2013年を底に微増傾向にある。残った銭湯に人が集中している証拠だ。
2,687
1968年ピーク時の銭湯数
~450
2025年現在の銭湯数
+21%
一軒あたり利用者数の増加
(2013→2019)
銭湯の総数は減っても、「銭湯文化」は消えていない。むしろ、残った銭湯は地域の核として存在感を増している。週末の銭湯には、常連のおじいちゃんと、タトゥーを入れた若いカップルが同じ湯船に浸かっている。そんな不思議な光景が、今の東京銭湯のリアルだ。
銭湯不動産学の結論
すべてのデータを重ねると、「銭湯天国」エリアが浮かび上がる。徒歩10分以内に3軒以上の銭湯がある地域だ。
緑のオーバーレイが濃い場所を見てほしい。台東区・荒川区の境界、大田区の蒲田周辺、足立区の北千住〜綾瀬ライン。ここに住めば、「今日はどこ行こうか」と悩める贅沢な生活が手に入る。
月曜は「改良湯」、水曜は「寿湯」、金曜は「萩の湯」。毎日違う湯船、違う常連、違う帰り道。これが「銭湯のある生活」の醍醐味だ。
銭湯アクセシビリティスコア
Sᵢ = 0.4 × (Nᵢ / Nₘₐₓ) + 0.3 × (Cᵢ / Cₘₐₓ) + 0.3 × max(0, 1 - dᵢ/2000)
- Nᵢ = 半径800m以内の施設数(選択肢の多さ)
- Cᵢ = 同範囲内の総収容人数(混雑回避力)
- dᵢ = 最寄り施設までの距離(日常利用のしやすさ)
新宿区 歌舞伎町一丁目
寄与: 37.5点
寄与: 26.4点
寄与: 28.1点
スコア構成
S = 0.4 × (15/16) + 0.3 × (1850/2100) + 0.3 × max(0, 1 - 128/2000)
= 37.5 + 26.4 + 28.1 = 92点
銭湯アクセススコア TOP 10
| 順位 | 町丁目 | スコア | 800m以内 | 最寄り |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 歌舞伎町一丁目新宿区 | 96 | 15軒 | 128m |
| 2 | 西新宿一丁目新宿区 | 89 | 13軒 | 156m |
| 3 | 新宿三丁目新宿区 | 87 | 12軒 | 201m |
| 4 | 上野二丁目台東区 | 85 | 11軒 | 187m |
| 5 | 蒲田五丁目大田区 | 82 | 10軒 | 145m |
| 6 | 渋谷一丁目渋谷区 | 79 | 9軒 | 234m |
| 7 | 池袋二丁目豊島区 | 77 | 9軒 | 289m |
| 8 | 北千住一丁目足立区 | 75 | 8軒 | 178m |
| 9 | 錦糸一丁目墨田区 | 73 | 8軒 | 212m |
| 10 | 高円寺南三丁目杉並区 | 71 | 7軒 | 156m |
※スコアは100点満点。800m以内の施設数、総収容人数、最寄り距離から算出
…とはいえ、歌舞伎町に住みたいかと言われると微妙。スコア60-80くらいの「程よく銭湯がある街」が実は狙い目かもしれない。
銭湯砂漠 WORST 5
| 順位 | 町丁目 | スコア | 最寄り施設 | 距離 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 海の森一丁目江東区 | 0 | — | 4,500m+ |
| 2 | 中央防波堤江東区 | 0 | — | 5,200m+ |
| 3 | 羽田空港大田区 | 2 | — | 3,800m |
| 4 | 丸の内一丁目千代田区 | 8 | — | 1,890m |
| 5 | 永田町一丁目千代田区 | 11 | — | 1,650m |
埋立地・空港・オフィス街が上位を占める。「住む場所」ではないことの証
…とはいえ、海の森に住んでいる人はいない。中央防波堤で暮らす人もいない。羽田空港で寝泊まりしているのは、せいぜい終電を逃したサラリーマンくらいだ。
丸の内や永田町には確かに「働いている人」はいる。霞ヶ関の官僚は深夜まで残業して、近くに銭湯がないことを嘆いているかもしれない。でも彼らも「住んで」はいない。
では、実際に人が住んでいる場所で、銭湯アクセスが最も悪いのはどこだろう?埋立地・空港・純オフィス街を除外して、もう一度ランキングを見てみよう。
住宅地の銭湯砂漠 WORST 5
| 順位 | 町丁目 | スコア | 最寄り施設 | 距離 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 南青山七丁目港区 | 15 | 南青山 清水湯 | 1,420m |
| 2 | 上用賀六丁目世田谷区 | 17 | 栄湯 | 1,350m |
| 3 | 白金台五丁目港区 | 19 | アクアガーデン三越湯 | 1,250m |
| 4 | 松濤二丁目渋谷区 | 21 | 大黒湯 | 1,180m |
| 5 | 田園調布三丁目大田区 | 22 | 調布弁天湯 | 1,150m |
高級住宅地が並ぶ。バスルームが2つある家に住む人は、銭湯に行かない
インタラクティブマップ
このマップは有料APIで動いています。気に入ったら ☕ おふせで応援 してもらえると続けられます
右のカードをスクロールすると、地図が自動で動きます。施設をクリックすると詳細が見れます。
💡 ヒートマップ表示時:ズームレベルで密度の見え方が変わります
技術的な詳細
データ収集
- ・Google Places API で施設情報を取得
- ・検索クエリ: "銭湯", "スーパー銭湯", "サウナ"
- ・対象エリア: 東京23区
- ・取得期間: 2024年12月
カテゴリ分類
- ・サウナ: 名前に「サウナ」を含み「湯」を含まない
- ・スーパー銭湯: 名前に「スパ」「温泉」「健康」等を含む
- ・銭湯: 上記以外
- ・手動で一部修正
収容人数推定
- ・公式サイト情報(ある場合)
- ・脱衣所の写真からロッカー数を推定
- ・レビュー内容から推定
- ・推定精度: ±20%程度
使用技術
- ・フレームワーク: Astro + React
- ・地図: Mapbox GL JS
- ・スタイリング: Tailwind CSS
- ・データ形式: GeoJSON
GeoJSON データ構造
{
"type": "Feature",
"properties": {
"name": "東京浴場",
"ward": "品川区",
"capacity": 45,
"category": "sento"
},
"geometry": {
"type": "Point",
"coordinates": [139.7051, 35.6074]
}
} 銭湯が教えてくれること
銭湯の分布は、不動産サイトには載っていない「街の履歴書」だ。
銭湯が密集している → 戦前からの住宅地。内風呂がない時代から人が住み続けている。コミュニティが残っている可能性が高い。
大きな銭湯がある → かつて工場労働者が多かった街。今も庶民的な空気が残る。
銭湯がない → 新しく開発された街か、最初から富裕層向けに作られた街。「ご近所」は薄い。
データで検証する
| エリア分類 | 代表区 | 密度 | 銭湯比率 | 平均収容 |
|---|---|---|---|---|
| 下町(戦前住宅地) | 台東・墨田・荒川 | 2.26/km² | 75% | 122人 |
| 工業地帯 | 大田・品川 | 0.95/km² | 77% | 108人 |
| 都心オフィス街 | 千代田・中央・港 | 2.32/km² | 25% | 161人 |
| 西側(高所得層) | 渋谷・目黒・世田谷 | 1.56/km² | 48% | 120人 |
| 東側(ファミリー層) | 足立・葛飾・江戸川 | 0.59/km² | 81% | 104人 |
75%
下町の銭湯比率
vs 都心25%
2.6倍
西側のスーパー銭湯比率
62% vs 東側23%
3.8倍
下町 vs 東部郊外の密度差
2.26 vs 0.59/km²
※銭湯比率 = 伝統的銭湯の割合(スーパー銭湯・サウナ施設を除く)。密度 = 区面積あたりの施設数
引っ越しを考えている人は、まずその街の銭湯に行ってみてほしい。番台のおばちゃんの表情、常連客の年齢層、脱衣所の会話。それが「住んだら感じる空気」そのものだ。
銭湯は消えつつあるインフラだ。でも、まだ660軒が東京にある。その一軒一軒が、街の記憶を湯気とともに守り続けている。
データソース
- ・Google Places API(銭湯位置・詳細情報、2026年1月取得)
- ・東京都浴場組合(組合加盟銭湯リスト参照)
- ・国土地理院(地図タイル)
- ・東京都統計年鑑(区別面積データ)
- ・国土数値情報(行政区域・町丁目境界データ)
- ・Mapbox GL JS(インタラクティブマップ)
※ 密度・比率などの統計値は上記データを基に独自に算出。データ取得日: 2026年1月